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災害支援

つながろう co-op アクション

活動報告

80件中 76~80件目(16ページ目)を表示しています。

2014-04-18 被災地のいま5
2014-04-04 被災地のいま4
2014-01-08 被災地のいま3
2014-01-07 被災地のいま2
2013-11-15 被災地のいま1

被災地のいま52014-04-18

 険しい再建の道、仮設商店街
 
復興のシンボルの一つとなっている仮設商店街ですが、自力再建はなかなか進んでいません。被災地を訪れる人で賑わっている商店街は幾つかあるものの、多くは立ち上げ時と比べ訪れる人が大きく減少しています。
 
地元の方の利用も人口流出の影響などのため伸び悩んでいるのが実情です。そのため、平日にはほとんど客がいない仮設商店街も少なくありません。
 
そのような状況に加え、再建を果たそうにも移転先の造成は進まず、開業にともなう建築費は高騰する一方です。再建にはまだ時間がかかると判断した復興庁や各自治体は、復興特区制度に基づいて仮設商店街の存続期間延長を認めました。
  
石巻立町復興ふれあい商店街も2年の延長が決まりましたが、再建の道が険しいことに変わりはありません。
 
「延長された2年の間にお金を貯めて店を再開するのが理想ですが、みんな日々の商売で精一杯でそんな余裕はありません」。元会長の梅 雅弘(うめ まさひろ)さんは、現実は極めて厳しいと話します。
 
とくに建築費は震災直後に立てた見積もりが倍近くになるほどの上がりようで、国の補助があっても追いつきません。
 
元の場所に店を建てたくても資金がなくて建てられず、やむなく土地を放置する…。そんな更地がたくさんあると、梅さんは言います。
 
 「頑張ってここを巣立っていく店主もいますが、半分は最後まで残るのではないか」。そのときまでに再建の目途が立つのか、それとも廃業を考えざるを得ないのか。」
 
震災のダメージから必死で立ち上がろうとしている商店主にとって、厳しい2年間がこれからも続きます。




 

 

被災地のいま42014-04-04

数千人規模で起きた人口流出
 
震災後、沿岸部のまちでは2千人〜3千人規模で人口が流出しました。
 
もともと人口減少が続いていた地域ですが、今回の震災で急激な人口流出が進み、地域復興の不安材料となっています。とくに、今後地域のコミュニティ再生や産業復活を担っていく若い世代の流出は、大きなダメージです。
 
被災した市町では、それぞれ定住支援策を打ち出していますが、一度市町外に出て行った住民に戻ってきてもらうのは至難の業です。
 
南三陸町も震災後約2千人の住民が町外へ転出しました。現在、一時的に流出は収まっていますが、南三陸町企画課の大森隆市係長は「今後も就労や子どもの進学などでまちを離れる人が出てくるのではないか」と懸念します。現在町外の仮設住宅で暮らす住民が「戻らない決断」をすれば人口減少はさらに加速します。
 
「これほどの震災ですから復興の最終形がどうなるのか正直分かりません。嵩上げした土地に建物は建つのか、人は戻るのか、心配は尽きませんが、我々としては震災ですべて無くしたことを逆に機と捉え、今できることをやっていくしかありません」と大森係長は話をしてくれました。
 
千年に一度の復興は難問山積の上、人口減少というまちの活力を奪われる危機との闘いでもあるのです。
 
情報提供/みやぎ生協




 

 

被災地のいま32014-01-08

再び直面する失業危機
 
宮城県内の震災による失業者は約4万6千人。慣れない他業種への転職やがれき処理施設への一時的な就労など、仕事の環境は激変しました。
 
2年半を経過したいま、復興関連事業の求人数増加で数字上の状況は一見好転しているように見えますが、応募条件や労働環境からミスマッチが起きているのが現実です。思うように就職先が見つからない状況は今も変わっていません。
 
さらに最近は、がれき処理の終了とともに作業にあたっていた数千人の被災者が再び職を失いつつあります。
 
震災対応で一時的に雇用されていた自治体の臨時職員も、来春には雇用期間が終了します。
 
被災者や生活困窮者の就労を支援する(社)パーソナルサポートセンター「わっくわあく」の児島亨さんは「復興関連で緊急雇用されていた方々が失業し、新たに仕事を探す事例が増えています」と話します。
 
失業は生活困窮を招きます。「災害公営住宅に移ったら家賃などすべて自己負担。年金だけでは暮らせない」と60代、70代で求職活動をする方々もいれば、建設現場を解雇され路上生活を送ることになった若者もいます。
 
「生業なくして再建なし」とは良く言われることですが、厳しい就労環境の中で、被災した高齢者の就労や再び失業危機に直面する人たちの再就職をどう支援していくかが緊急の課題になっています。
 
情報提供/みやぎ生協
※失業者数は厚労省(雇用保険離職票等交付件数)より




 

 

被災地のいま22014-01-07

まだまだ消えない「住まいの不安」
 
生活再建のために最も基本的で重要な「住まい」。しかし、被災地では住まいを巡って日々新たな問題が浮上しています。
 
床のたわみなど早くも老朽化が進む仮設住宅、みなし仮設の契約打ち切りや用地返還に伴う仮設住宅の撤去による仮設間転居、新築を困難にする地価の高騰、遅れがちな宅地造成、難航する集団移転の合意形成など、被災した人たちはそれぞれに困難な状況と向き合っています。
 
仮設住宅で宅地の供給開始を待つ岩佐恵美子さんは、「工事の建設資材や人手が不足していると聞くので、計画通り進むかどうか…」と工事の遅れを心配します。
 
災害公営住宅の建設も遅れ気味です。
上原イチ子さんは「ここを出るのは最後の方になりそう。今は元気だからいいけれど…」と長引く仮設での生活に不安を覗かせます。
斎藤くに子さんは「まちづくりが始まったのは最近。息子や娘たち家族に新しいまちの完成を待つ余裕などないから通勤・通学に便利な町へ引っ越していきました。家を建てても、工事が遅れれば転出する若い世代はもっと増える」と言います。
 
国は仮設住宅の入居期間延長を決めましたが、それは狭く不便な生活が今後もしばらく続くということに他なりません。復興の遅れが住まいの問題をより複雑にし、被災した人たちをさらに辛い環境に追いやっているのです。
 
※工事期間などは宮城県・山元町等の最近のデータに基づく。
情報提供/みやぎ生協



 

 

被災地のいま12013-11-15

2年半前と変わらない景色がある
 
震災から2年半が経過し宮城県の災害廃棄物の処理は82%まで終了しました。しかし津波浸水域にはいまも壊れた家や岸壁、海水に浸かったままの田んぼが残ります。
 
応急仮設住宅で3度目の夏を迎えた方々は9万6千人。県外への避難者8千4百人を加えると10万人が未だ仮の暮らしを余儀なくされています。災害公営住宅は21市町で1万5千戸を建設する計画ですが、2年半を経過してもわずか102戸しか完成していません。被災した人たちが地域ごと移住する集団移転事業も、なかなか進んでいません。
 
漁業の再開率は震災前の約8割まで回復していますが、雇用の受け皿だった水産加工場の稼働率はまだ半分です。工場が再開されても、条件が整わずに就業に踏み切れないでいる人が多くいます。
 
さらに、沿岸部市町では人口流出が加速。女川町では居住人口が半分に減りました。内陸部の避難先で定住を決める人も多く、被災した自治体にとっては復興計画を左右する大きな課題になっています。
 
復旧・復興を妨げる問題が次々と起こり、計画がどんどん遅れていく。それが2年半を経過した被災地の現実です。
次回からは、個別問題について被災地の状況をお知らせする予定です。

情報提供/みやぎ生協 2013年9月
※数字は宮城県・水産庁・総務省等の‘12年12月末から‘13年7月末のデータに基づく。