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災害支援

つながろう co-op アクション

活動報告

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2015-06-08 被災地のいま17
2015-04-08 被災地のいま16
2015-04-07 被災地のいま15
2015-04-06 被災地のいま14
2015-03-20 被災地のいま13

被災地のいま172015-06-08

「生きがいを失いたくない。」手しごとコミュニティのいま
 
震災発生から間もなく4年、伝えたいことは何ですか?
被災した方々にそう尋ねると、「震災の時はありがとう。これからも被災地を忘れないでください」との言葉が返ってきます。「忘れられると、社会から見捨てられそうで不安です」と話す方もいます。実際、徐々に震災報道は少なくなり、宮城県へのボランティアも‘11年度の526,000人から‘13年度56,000人と約10分の1に減少しました(※1)。
 
被災後、生きがいやコミュニティづくりのために手作り品の制作・販売を始めた「手しごとコミュニティ」の人たちはいま、そうした震災の風化や被災地の環境変化に向き合っています。
手しごとコミュニティの運営を支援するNPO法人「応援のしっぽ」の広部知森さん(代表理事)は、「商品販売量は最盛期の3分の2ぐらいまで減少している」と指摘します。
手しごとコミュニティでは黙々と手を動かすことで心を癒し、作った商品が喜ばれるという体験を通じて笑顔と誇りを取り戻してきました。「人間関係に苦労しながらも結びつきを強めた団体がありますし、解散の危機を乗り越えたところもあります」。手しごとの場の消滅は、そうした強い結びつきを持つ人たちの生きがいを奪うことになります。
 
そのため「仮設住宅から転居しても活動を続けたい」と声があがるようになりました。
商品の開発に取り組む団体や高齢者の笑顔づくりを目的とする団体、手作りが趣味の団体と、形はさまざまです。
 
「いまはそれぞれの方向性を自分たちで決めていく時期。復興を支えるには小さくて多様なコミュニティがたくさんあった方が良い」と広部さんは言います。心の復興はこれからと言われる被災地で、生きがいを求め、手しごとの小さなコミュニティを守ろうとする人たち。私たちは、この時期だからこそ、手しごと品の購入を通して、「忘れていない」ことを伝え続けていくことが大切なのかも知れません。
 
※1 宮城県災害・被災地社協等復興支援ボランティアセンター「ボランティア活動人数報告」




 

 

被災地のいま162015-04-08

店も顧客も喪失、ゼロから始める経営再建
 
廃業か再建か。仮設商店街の商店主たちはこの4年間、何度も岐路に立たされてきました。顧客だった地域住民は被災で散り散りになり人口も減少。加えて資金や後継者の問題などもあり、「再建して果たしてうまくいくのか…」。将来への不安と希望のあいだで揺れ動く日々を送ってきたのです。
 
2014年10月、気仙沼市の「鹿折復興マルシェ」が、嵩上げ工事のため元の場所から移転し再オープンしました。ただしそこも区画整理事業のため2016年8月末には閉鎖になります。
 
他の仮設商店街でも、「しおがま・みなと復興市場」が2016年8月末まで、「南三陸町さんさん商店街」が2016年11月末までと存続期限が決まっており、復興事業の進展の中で商店主たちは新たな決断を迫られています。
 
山元町合戦原の仮設商工施設で理容室を営む辻憲子さんは、新市街地に店舗兼住宅を建て営業を再開する予定です。「土地の引き渡しが今年9月、店舗の完成はその先だからまだまだ時間がかかりますね」。
 
震災後の住民離散で、辻さんの店も大勢の顧客を失いました。仮設商工施設への入店後は、隣接する仮設住宅からの来店客が増えましたが、新市街地へ移転すればそれもまた変わります。  
 
固定客相手の商いであるはずなのにその顧客は、いまも流動的な状態が続きます。「新市街地も、以前住んでいた地区とは大きく環境が変わるので不安ですよね」。店も顧客も失い、マイナスから出発した商店主たちにとって、本格再建は決してゴールではなく、ようやくゼロ地点に立ったようなもの。1年後、2年後の本格再建で再び経営の試練と向き合うことになるのです。




 

 

被災地のいま152015-04-07

スピードアップが求められる復興事業
 
誰もが経験したことのない甚大な被害をもたらした東日本大震災。行政も、地域の再生・復興のために懸命な努力をしています。今回は、気仙沼市震災復興・企画部の鈴木忠春課長に復興の進捗状況についてお話を伺いました。
 
小山のような盛土の間をダンプが往来し、重機が動き回っています。浸水した土地を再び生活や仕事の場にするための嵩上げ工事です。高台では山を切り崩して宅地造成工事が進みます。インフラ整備を経て、家や店舗・工場を建てるのはさらにその先になります。
 
宮城県の防災集団移転促進事業の進み具合を見ると、196地区のうち住宅建築が可能になったのは42地区しかありません(※注)。被災地の復興はまだこれからであることが分かります。
 
約9,500世帯が被災した気仙沼市では、住宅再建の復興事業に加速がついています。「入札や他の事業との関係で多少の遅れが出ているところはありますが、おおむね予定通りに進んでいます」と鈴木課長が進捗状況を説明してくれました。
 
「ただ、ここに至るまで時間がかかっていますから、被災された皆さんは、今か今かと待ち望んでいるわけです。毎日のように防災集団移転の造成地を見に来て、“今日は重機が何台動いてるね”と話していく人もいる。そんな話を聞くと、我々の仕事の段取りが悪くて遅れることだけはないように、と思いますね」。被災自治体の職員の多くがそうであるように、鈴木課長も被災者の一人です。住民と気持ちを共にしながら、今後も復興事業を担う強い想いを感じました。
 
「平成27年度までが集中復興期間とされているのですが、復興事業はこれからも続きます。国には集中復興期間を延長したり、28年度以降も潤沢な予算を確保してほしいと要望を出しています」。
 
マンパワーも必要です。「予算があっても、人手がないと事業は進みません。現在も全国の自治体から応援に来ていただいていますが、計画通り復興を進めていけるよう、これからも応援をお願いしたいと思っています」。
 
道半ばの復興事業。予算と人材の集中で加速させていくことが求められています。
 
※2014年10月31日現在(宮城県、復興の進捗状況より)




 

 

被災地のいま142015-04-06

待たされる家選び、慣れない住み処
 
被災地では災害公営住宅の建設が本格化するとともに、被災した人々の入居登録が進んでいます。
 
入居希望者は自分たちの生活再建計画を念頭に、立地や完成時期、入居条件を見て災害公営住宅を選びます。しかし誰もが望み通りに入居できるわけではありません。抽選に外れれば次の募集を待つことになり、その分、新生活のスタートも遅れます。
 
「いつになったら引っ越しできるのか」「家が決まるまでは仕事や子どもの学校など将来の計画を立てられない」。なかには「抽選に外れ、辺鄙な場所を選ぶしかなかった」人や長期の避難生活に家族関係が破たんし、災害公営住宅の申し込みを機に離婚に至った人もいます。
 
高齢者の多くは災害公営住宅を終の棲家と定めますが、慣れるには時間がかかります。被災前に住んでいた地域が農漁村であればなおさらでしょう。「4階に入居した身体の不自由な高齢の夫婦が、エレベーターが止まったらどうしようと心配していたり、下りる階を忘れて迷ったり」。南小泉のみなし仮設住宅に住む大久保紘子さんがそんな話を聴かせてくれました。
 
経済的な不安もあります。「入居時に敷金3ヵ月が必要。家具も買わなきゃならないし、引越し補助金が出ても負担は大きい」。当初は安く設定された家賃も、数年後には見直しで負担が増します。
 
入居先での孤立を防ぐにはコミュニティも重要な問題です。「仮設住宅の集会所はオープンにしているところが多いけれど、災害公営住宅の集会所は鍵をかけてしっかり管理されてるでしょ。気軽にふらっと立ち寄ることはできなくなる」と花渕みどりさんは心配します。
 
家も集落のつながりも失った人たちを待ち受けているのは、震災がなければ直面することもなかった人生の選択と厳しい生活です。せめて希望した災害公営住宅で人の縁にも経済的にも安心できる生活を送ってほしいと願わずにはいられません。





 

被災地のいま132015-03-20

カビで救急車搬送、劣化が進む仮設住宅
 
プレハブ仮設住宅の環境は歳月を追うごとに劣化の一途をたどり、入居者を心身ともに追い詰めています。
 
石巻市では、大量に発生したカビで呼吸困難に陥り救急車で運ばれた住民がいました。建物の傾き、土台の腐食、床のきしみを訴える声もあちらこちらから上がります。
 
「NPO法人石巻復興支援ネットワーク(やっぺす)」で清掃ボランティアに取り組む渡部慶太さん(同法人理事)は「畳をはがすと水滴が大量に溜まっている。網戸が外せないので埃がたまり、ドアが閉めづらいので換気が難しい」と言います。
 
同法人代表の兼子佳恵さんは、プレハブ仮設住宅の居住性に格差があることを指摘します。「早期建設が優先されたとはいえ、どのメーカーもこれまでの災害から入居期間の延長を想定できたはず。基準通りの施行であっても、ある団地はトラブル続きで、別の団地は3年経っても問題が少ないと聞いています」。
 
なかには「この仮設に住んで良かったと思える数年間にしたい」といち早く仮設への入居を決めた人がいます。よもや自分の住む場所が数年後にはカビだらけになりビニールテープで仮補修するようになるとは思っていなかったことでしょう。
 
さらに石巻市や女川町では、復興公営住宅の完成と合わせて仮設住宅の空室が増えると予測し、集約化の検討を始めました。「以前も集約化の話が出たけれど、話し合いで解決したと聞いた。住民は、つど情報に振り回されて不安になる」と兼子さんは、3年を経過して一層不安定になっている住民の心理状態を心配します。
 
4畳半2間に大人が3人で暮らすような生活がいつまで続くのか。「私たちは早く日常を取り戻したいだけなんですけどね」と話してくれました。